コラム

アルマーニの取締役会に元グッチCEOが参画─ケリングによる買収への布石か

先日、ラグジュアリー業界における久しぶりの大型買収の兆しかと思われる報道がありました。イタリアのジョルジオ・アルマーニ(アルマーニ)が新たな取締役会を発足させ、そのメンバーに元グッチCEOのマルコ・ビッザーリが加わりました。

同時に、アルマーニは創業者の死去後18か月以内に15%の少数株主持分を売却するという中長期プランも公表しており、売却候補としてLVMHやロレアル、ルックスオティカなど大手グループが挙げられています。
アルマーニ氏、遺言書で株売却計画明らかに-LVMHやロレアルに優先枠 – Bloomberg
ここにケリングの名前は明示されていませんが、「グッチ」を中核に据えるケリングによるアルマーニ買収シナリオは、比較的イメージしやすい流れかと思います。

本稿では、ラグジュアリー業界専門の公認会計士の視点から、この動きがケリングによるアルマーニ買収の“布石”となり得るのかを整理します。

アルマーニ新取締役会の構図─継続と変化のバランス

まず、事実関係を整理します。2025年9月に創業デザイナーのジョルジオ・アルマーニ氏が91歳で逝去した後、同社はアルマーニ財団を中心に、事業承継とガバナンス再構築を進めてきました。

下記報道によれば、11月末の株主総会を経て確定した新取締役会は、以下のメンバーで構成されています。
ジョルジオ・アルマーニ 新取締役会が発足  | 繊研新聞

  • 会長:パンタレオ・デッロルコ(創業者の長年の右腕)
  • CEO兼マネージングディレクター:ジュゼッペ・マルソッチ(23年在籍のベテラン)
  • 創業者一族:シルヴァーナ・アルマーニ、アンドレア・カメラーナ
  • 社外・非執行取締役:
    • マルコ・ビッザーリ(元グッチCEO)
    • ジョン・フックス(元アルマーニ幹部)
    • フェデリコ・マルケッティ(Yoox創業者)
    • アンジェロ・モラッティ(ミラノの実業家)

創業者一族と長年の幹部が「継続性」を担保しつつ、デジタル、M&A、資本市場に強い外部人材を迎え入れる構図です。財団は少なくとも30%の持分を維持するとされており、「完全売却ではなく、独立性を残した上での資本提携・少数持分の売却」を起点にしたシナリオが現実的と見られます。

元グッチCEOマルコ・ビッザーリが意味するもの

ここで焦点となるのが、ケリングの中核ブランド「グッチ」の元CEOであるマルコ・ビッザーリがなぜアルマーニの取締役会に加わったのか、という点です。ビッザーリはケリング傘下で「グッチ」の再成長を牽引し、トム・フォード時代以降のブランド再ポジショニングによりアレッサンドロ・ミケーレも見出し、近年までの急成長の立役者として知られています。

ケリンググループとの長年の関係から、彼は

  • ケリングがどのような財務KPIブランド・ポートフォリオ戦略を重視するか
  • 「グッチ」をはじめとしたブランドの価値向上の考え方
  • 買収後の統合プロセス(PMI)における成功・失敗要因

を熟知しています。この「業界内部の特性」を知る人材がアルマーニの取締役会に入ることは、ケリングによる将来的な買収交渉を「理解したうえで迎え撃つ」準備とも、「スムーズな提携・買収を見据えた橋渡し」でもあると解釈し得ます。

いずれにせよ、アルマーニとケリング、そしてグッチという3者をつなぐキーパーソンがガバナンスの中枢に入ったことは、業界的には非常に象徴的です。

ケリングの現状──「グッチ」不振とポートフォリオ再編

一方のケリングは、この数年にわたり業績面で大きな課題を抱えています。

特に中核ブランドであるグッチは、2025年第3四半期時点で依然2桁減収となっており、ブランド再構築の途上にあります。さらに、ケリングは2025年10月にはビューティー部門をロレアルに売却し、「ファッション・レザーグッズ」に経営資源を集中する戦略を打ち出しています。

財務・ポートフォリオ面で整理すると、ケリングは

  • ビューティー事業売却で数十億ユーロ規模のキャッシュを得ている
  • グッチを中心とした業績テコ入れが急務であり、新たな成長ストーリーが必要

という状況にあります。この文脈で見ると、「アルマーニ買収」という大型案件は、ケリングにとっても十分に魅力的なオプションとなり得ます。

「ケリング一択」ではない─LVMH、ロレアル、ルックスオティカとの比較

もっとも、現時点で「ケリングによるアルマーニ買収が既定路線」という事実はありません。報道ベースでは、売却候補としてLVMH、ロレアル、ルックスオティカなどが名指しされており、ケリングはあくまで可能性の一つに過ぎません。

それぞれの特徴を簡単に整理すると:

  • LVMH:ファッション&レザーグッズの圧倒的リーダー。ポートフォリオの多様化という観点では、アルマーニ買収は自然な延長線。
  • ロレアル:ビューティーの世界最大手。アルマーニとのビューティー提携を強化しつつ、ファッション本体には深入りしない選択もあり得ます。
  • エシロールルックスオティカ:アイウェアを中心に、ラグジュアリー・ライフスタイルのハブ企業としての拡張余地。
  • ケリング:「グッチ」不振を打開し、ファッション・レザーグッズに集中するという戦略を進める中で、アルマーニはブランド再構成の“切り札”となる可能性があります。ただし、ケリングはヴァレンティノの買収オプションも残しており両方を進めるのは資金的にも難しいと考えられるため、アルマーニの買収を視野に入れる場合にはヴァレンティノの買収オプションは恐らく放棄するのではと考えられます。

このように、買収候補としてのケリングは「有力だが、唯一の答えではない」というのが現時点での見解になります。

おわりに─「アルマーニ×ケリング」は中期的な重要テーマに

現段階で「ケリングがアルマーニを買収する」と断定することはできません。しかし、

  • 創業者亡き後のアルマーニが資本受け入れを明示したこと
  • ガバナンスの中枢に元グッチCEOというケリングと深く結びついた人物を迎えたこと
  • 一方でケリングはグッチ不振と事業ポートフォリオ再編の真っただ中にあること

を踏まえると、「アルマーニ×ケリング」というキーワードは、今後1~3年のラグジュアリー業界の流れを読み解く上で重要なテーマになると考えられます。