コラム

好調Diorの強さは「店」にある―ハウス オブ ディオール 心斎橋を公認会計士が訪れて

2026年5月21日、大阪・御堂筋に「ハウス オブ ディオール 心斎橋」がオープンしました。報道では「日本最大規模のグローバル フラッグシップストア」と紹介されたこの店を、実際に訪れてみました。

結論から言えば、この店は「商品を売る場所」というより、「Diorの物語を体験させる場所」として作られています。そしてそこに、いまのDiorの強さの源泉があると私は考えています。本稿では、建築・空間・数字の3つの視点から、公認会計士として読み解きます。

1. 建物そのものが、ドレスをまとっている

まず目を引くのは外観です。白い壁が、波のようにうねっています。オートクチュールのドレスのドレープ、つまり布のひだと、重なり合う生地を表現したデザインです。設計は、大阪・関西万博の「大屋根リング」を手がけた建築家の藤本壮介氏。内装は、世界各地のDiorの店舗を手がけてきたピーター・マリノです。

  • 1階:ウィメンズのアクセサリー、シューズ、レザーグッズ、フレグランス、ファインジュエリー
  • 2階:ジョナサン・アンダーソンによるプレタポルテ、バッグ
  • 3階:メンズ
  • 4階:ホームコレクション「ディオール メゾン」、レストラン「ムッシュ ディオール」

銀座の旗艦店との違い

これまでDiorの世界観を最もよく表していたのは、GINZA SIXの「ハウス オブ ディオール ギンザ」(2017年開業)だと私は思っていました。外観は谷口吉生氏、内装は心斎橋と同じピーター・マリノ。開業時にはホームコレクションの「ディオール メゾン」が日本に初めて上陸し、Diorのすべてを体感できる店として注目されました。

心斎橋を歩いてみて、その作り込みは銀座を一段超えていると感じました。最上階にホームと食を置く構成は銀座と同じですが、銀座はカフェ、心斎橋はレストランです。いずれもアンヌ=ソフィー・ピックが監修しています。銀座が「すべてがそろう店」だとすれば、心斎橋は「物語を歩く店」です。

2. 店の中心にあるのは、売り場ではなく「余白」

店に入ると、4つのフロアを結ぶ大きな階段があります。その中心で、白いリボンのような彫刻が渦を巻いています。彫刻家アリス・エイコックの作品です。

店の中でいちばん目立つ場所です。普通の店なら、ここに主力の商品を並べるでしょう。しかしDiorは、ここを売り場ではなく「余白」にしました。

完成品ではなく「試作」を見せる

階段の壁には、白い服が並んでいます。「トワル」と呼ばれる、本番の生地で仕立てる前に白い布で作る試作です。Diorは完成品ではなく、その手前にある職人の仕事を見せています。スタッフの方によると、これは大阪・関西万博のフランス館で展示されていたものだそうです。万博の展示を思い出し、とても印象に残りました。

同じ考え方は、ショーウィンドウにも表れています。ジュエリーのウィンドウでは、デザイナーのアトリエが精巧なミニチュアで再現されていました。売る前に、作り手とアトリエを見せる。ミニチュアの精度そのものが、職人技の証明になっています。

美術館のように「滞在」させる

店内には40点を超えるアート作品が点在しています。クリスチャン・ディオールの友人だった画家クリスチャン・ベラールの作品や、クロード・ラランヌによるイチョウをかたどったベンチなどです。3階のメンズには、デニム素材のパッチワークの椅子とカーペットがあり、日本に3点しかない心斎橋店限定のデニム製テールコートも扱われています。ここは、買う場所というより、過ごす場所です。

五感で読む物語

マーケティングの第一人者フィリップ・コトラーの『コトラーのマーケティング6.0 フィジタル時代の新原則』(朝日新聞出版、2026年)は、紹介文で「マーケティングの未来は、『没入型』へ。」とうたい、本の中では五感に訴える体験を扱う章も設けています。心斎橋の店に当てはめると、視覚には建築とアート、触覚にはトワルや素材、嗅覚には1階のフレグランス、味覚には最上階のレストランが対応します。

英語版の最新刊『Marketing 7.0』(Wiley、2026年)は、AIの時代だからこそ人の考え方を理解し、ブランドの物語を設計することを説いています。心斎橋の店は、この2冊が語ることを空間で実践していると私は見ています。

3. 会計士の視点:広告は消えるが、店は残る

ここからは会計の話です。ポイントは、広告と店の違いにあります。

  • 広告宣伝費:使った期の費用として、損益計算書(P/L)の上でその年のうちに消えます(IAS第38号)。
  • 店舗の内装:資産として貸借対照表(B/S)に載り、年数をかけて償却されます(IAS第16号)。借りている建物も、IFRS第16号では「使用権資産」としてB/Sに載ります。
  • ブランドの価値:自社で育てたブランドは、資産として計上できません(IAS第38号 第63項)。

つまり店は、決算書に残る資産です。しかし、その店が育てる「ブランドの価値」は、決算書のどこにも載りません。なお、買収で取得したブランドは無形資産として計上されます。自社で育てたブランドとの扱いの違いは、ラグジュアリー企業の決算を読むうえで押さえておきたい点です。

冒頭の「余白」に戻ります。いちばん目立つ場所に商品を置かないのは、売り場面積あたりの売上、いわゆる坪効率だけで見れば非効率です。それでもDiorがこうするのは、旗艦店の成果が店単体の損益の外側、つまり関西全体やブランド全体に表れるからだと私は考えています。店は、見える資産を使って、見えない資産を育てる装置なのです。

4. 数字で見る「新生Dior」

Diorを傘下に持つLVMHは、2026年7月27日に上期決算を発表しました。売上高は386億ユーロ、為替などの影響を除いたオーガニックベースで前年比プラス2%。4〜6月期はプラス3%に加速しました。

ファッション・レザーグッズ部門は、上期ではマイナス1%でしたが、4〜6月期に限るとプラス1%に転じています。LVMHはこの成長加速の理由として、特にジョナサン・アンダーソンによるDiorの最初のデザインの成功を挙げ、上期のハイライトの一つとして大阪の新しいハウス オブ ディオールを明記しました。なお、Dior単体の売上高は公表されていません。回復はまだ始まったばかりですが、その流れの中に心斎橋の店が位置づけられていることは確かです。

5. 御堂筋という舞台

心斎橋のDiorから御堂筋をまっすぐ進むと、2020年開業の「ルイ・ヴィトン メゾン 大阪御堂筋」があります。外観は青木淳さんで、江戸時代の菱垣廻船の帆がモチーフです。内装はDiorと同じピーター・マリノ。5階にはアートスペース「エスパス ルイ・ヴィトン大阪」、最上階の7階にはカフェとレストランがあります。

白い布のような外観、同じ内装家、そしてアートと食。どちらもLVMHのブランドです。LVMHはブランドを一つずつ売るだけでなく、グループとして一つの通りに物語をつくっている。公式に語られた戦略ではなく私の考察ですが、御堂筋を歩くとそう感じます。

6. 店を出ても続く、心斎橋とのつながり

心斎橋店では、一枚のカードを受け取りました。楕円のフレームとミツバチという、Diorを象徴するモチーフがあしらわれ、スマートフォンをかざすと心斎橋店の情報が一覧で表示されます。

アプリなどを通じてブランドと顧客がつながる場をつくることは、ラグジュアリーブランドではある程度一般的になりました。Diorはそこからさらに一歩進めて、「心斎橋店とのつながり」を一枚のカードで手渡しています。特別感のある顧客との関係づくり、いわゆるCRMの一歩先です。

ラグジュアリーブランドの内側にいた立場から見ると、これは決して簡単なことではありません。グローバルブランドが一つの店舗のために仕組みを個別に用意するには、本社の承認と予算が必要になるからです。それが実現しているのは、日本市場、そして大阪がそれだけ重視されている表れだと見ています。

まとめ:Diorの強さは、物語への投資を惜しまないこと

かつて店は、商品を並べて「売る場所」でした。次に、空間で楽しませる「体験する場所」になりました。そしていま心斎橋が示しているのは、ブランドの歴史と職人技を体で理解させる「物語を伝える場所」です。

広告は消えますが、店は残ります。そして店は、決算書に載らないブランドの価値を毎日少しずつ育てています。Diorの強さは、この物語への投資を惜しまないことにある。心斎橋の店舗を訪れて、私はそう感じました。


参考資料

写真は筆者撮影。