コラム

オルツ第三者委員会報告書に見る「循環取引」の実態 ―会計士と経理実務家の視点から

今回はオルツの不正取引について、公表されている第三者委員会報告書より会計士及び経理実務家の視点から解説していきたいと思います。IT業界に勤務されているかたは、ぜひお読み頂ければと思います。意図せず不正取引に巻き込まれてしまう可能性もあり、こういう取引があると知っているだけでも対応は変わると思います。

オルツ第三者委員会報告書から読み解く「循環取引」疑義と実務上の示唆

株式会社オルツは、会議記録AIである「AI GIJIROKU」を主力とする企業です。同社は2025年4月初旬以降、証券取引等監視委員会(SESC)の調査を受ける中で、一部の販売パートナー経由で計上した売上に、実際には利用されていない有料アカウントが含まれていた可能性を自ら認識しました。これを受け、会社は2025年4月25日の取締役会で、弁護士と公認会計士から構成される独立の第三者委員会を設置し、事実関係・財務影響・原因分析を調査させることになりました。

その結果、一連の取引は実質的に循環取引であり、売上高・広告宣伝費・研究開発費の計上は本来認められないものと結論づけています。

事件の骨子:何が「循環」していたのか

報告書によれば、スキームの基本構造は次のとおりです。まず、オルツが取引先に対してAI GIJIROKUのライセンスを大量販売した形で売上を計上する。一方で、オルツは広告宣伝費や研究開発費などの名目で外部の広告代理店・委託先に資金を支払う。この資金が仲介を経て最初の取引先側に戻り、最終的にその取引先がオルツに「売上代金」を支払うという流れが確認されています。

つまり、経済的にはオルツ自身の資金が外部を回って戻ってきており、取引先は実質的な負担をほとんどしていません。委員会は「対価の独立した支払いがなく、資金が循環しているだけである以上、これはいわゆる『循環取引』に他ならない」と明確に整理しています。

また、売上の裏付けとなるはずの実態─たとえば、取引先からの発注に応じて毎月ライセンスが発行され、最終顧客が継続利用しているといった事実─はほとんど確認できなかったとされています。

どれくらい大きな影響だったのか

委員会は、このスキーム等が連結財務諸表に与える影響を数値化し、2020年12月期〜2024年12月期の累計で、売上高ベース約119億円が過大計上に相当すると整理しています。特に2022年12月期と2023年12月期は、売上高の約9割(91.3%・91.0%)が影響額に該当する水準とされています。この規模は、単なる軽微な不正ではなく、むしろ大部分が不正によって計上されているという事実が明らかになりました。

公認会計士の観点:どこで気づけたのか

公認会計士の視点で考えると、この循環取引については古典的な不正の手口であり20年前の研修資料にも掲載されていたレベルのものであり、不正の手法としては新しいものではありません。

元々は2社間の取引で行われていたものが、間に同業者を数社挟んでの循環取引、そして今回のような同業種ではなく広告代理店・委託先を挟んでの循環取引と不正の手口も年々複雑化しています。

監査の観点からは今回のような大規模なものは別として、小規模なものの場合、取引証憑自体はすべてそろっているので発見するのはかなり難しいと言えます。

通常の監査であれば、Saas型サービスの収益認識についてはリスクが高いものとして把握されて、どのような監査手続きを実施するかを文書化する必要があります。調査報告書によると、取引先の発注が帳簿上は存在するのに、ライセンスが実際に発行・稼働した痕跡が乏しいという指摘が記載されていました。ただ、顧客へ販売後のIDに対して稼働実績があるか、まで監査手続きとして実施するのは具体的な不正の兆候がある場合は別として、通常の監査計画の策定で盛り込むのはリソースの関係もあり難しいと思われます。

もう一つキャッシュフローの観点から考えると、取引先からの入金の原資が広告代理店・委託先からのものというところが分かれば、売上高と広告宣伝費の金額が近似しており循環取引の兆候の1つになります。監査手続きとしても、同一会社に対しての売上と仕入れが計上されている場合は、上記のような循環取引ではないかと疑って監査手続きを実施することになります。

今回の件については、報道によると前任監査人から現任監査人に引き継ぐ際に循環取引の疑いがある旨の通知もあったとされています。もしこれが事実だとすると、当然監査についても循環取引が可能性が高いと考えて監査手続きを実施する必要があり、最も難しい取引の端緒をつかむという箇所がすでになされていた形になります。

経理実務家の観点:日常業務で見抜けるサイン

経理部門の実務としても、気づけるポイントはあります。たとえば「売上だけが急増しているのに、導入事例や稼働実績の説明が曖昧な大口案件が続く」「広告宣伝費や研究開発費が突然大きく増えているのに、社内でその費用対効果を説明できる担当者がいない」といった状態は、早い段階で警戒すべきサインになります。

ただ、私自身企業内部で経理として働いた感覚で考えると、取引の全体像をある程度把握できるマネージャーよりうえのレベルでは察知可能かもしれないですが、日々の取引を処理するスタッフレベルだと、なかなか難しいかもしれません。

第三者委員会は、同社の内部統制・ガバナンスが機能していなかったと指摘しています。管理部門・内部監査部門は代表取締役直轄で、実質的に牽制が働きにくい体制であり、内部監査も十分に実施されていなかったとされています。その結果、売上計上と費用計上がセットで膨らんでいること自体が、社内の「異常値」として共有されず、日常業務のなかで是正がかからない構造になっていました。

監査論的には監査は内部統制が有効であるという前提で監査を実施しており、その中で最も重要なのが経営者の誠実性になるため、経営者が関与している今回の不正の場合は監査の難易度も一気に上がることになります。

まとめ:これは特殊事例ではない

表面的には「売上成長ストーリー」として語られていた数字の相当部分が、実際には循環取引による過大計上だった疑いがある─これが第三者委員会の示した全体像になります。 公認会計士の観点では、売上の実在性とキャッシュフローの観点から見抜けた可能性が高く、経理実務の現場でも、費用の急膨張と売上の急拡大が実態を伴っているものかという点を意識することで日次・月次のチェックで把握できる可能性が高まります。

今回の事案は、AIやSaaSといった最先端領域でも、基本的な会計の目線とガバナンスが欠けると一気に不正取引が行われる土壌が出来上がることを示しています。ベンチャー企業の経営層にとっては、上場を目指しての「過度なトップライン追求」だけではなく、その裏側にある取引実態を伴っているものか、という点を常に留意する必要があるという好例になっています。